お寺でしてはいけないことは?知っておくべきお寺でのタブーやNG行為について
皆さん、こんにちは。お寺での参拝には、正しい作法や心構えが必要です。知らないうちに失礼な行為をしてしまわないよう、今回はお寺でしてはいけないこと、いわゆるタブーについて、詳しく解説していきます。お寺は神仏が祀られている神聖な場所ですから、正しい知識を持って参拝することが、より大きなご利益を得る鍵となります。
目次
正しい服装を選ぶ

お寺での参拝にふさわしい服装とは、何よりもまず清潔であることが基本です。お寺は、仏教やその教えを学ぶ場所であり、そこに立ち入る者は心身ともに清浄でなければなりません。祈祷を受ける場合や、本堂へ上がる場合は、男性であれば、スーツやシャツといった、きちんとした服装が求められます。女性であれば、露出を控えた服装が望ましく、特に派手な色彩やアニマル柄は避けるべきです。
一般参拝の場合は、ラフ過ぎない服装で構いませんが、派手な服装や、アニマル柄は仏教の教えにおいて、野生の欲望や無知を象徴する場合があり、敬意を欠くとみなされることがあります。
さらに、参拝の際には帽子やサングラスは外し、素顔を見せることが大切です。仏様に対する礼儀として、全ての参拝者が等しく仏様の前に立つという考えがあり、顔を隠すことは失礼とされています。また、アクセサリーに関しても、できるだけ控えめにし、特に金属製のものや光沢の強い宝飾品は、神聖な場所に相応しくないとされています。これは、仏教の教えにおいて、外見の装飾よりも内面の清浄さが重要視されるためです。お寺への参拝は、自身の心を見つめ直す時間でもありますので、服装もそれにふさわしいものを選びましょう。
総門・山門の敷居を踏まない

総門や山門の敷居は、単なる建物の構造物ではなく、仏教における重要なシンボルです。この敷居は、俗世と神域を分ける結界としての役割を果たしています。敷居を踏むという行為は、神域への無礼とされ、仏様への敬意を欠くものとみなされます。仏教では、物理的な行為が精神的な世界に大きな影響を及ぼすと信じられており、このような小さな行動一つ一つが、参拝者の心持ちや信仰の深さを表すと考えられています。
また、敷居はお寺の構造を守る重要な要素でもあります。建物の立て付けにおいて、敷居は全体のバランスを保つ役割を担っており、これを踏むことで、建物全体にゆがみが生じる可能性があります。特に日本の伝統建築では、こうした細部に至るまでの配慮が重んじられており、敷居をまたぐことは、その建物を尊重する行為でもあります。
さらに、お寺だけでなく、日本の伝統的な家庭でも敷居や畳の縁を踏むことはマナー違反とされています。これは、家庭内の神聖な領域を汚す行為とされ、家族や客人に対する無礼となるからです。お寺においては、その意味がさらに強調されます。参拝者として、総門や山門の敷居をまたぐ際には、仏様への深い敬意を持ち、その神聖さを守る意識を持つことが重要です。
鰐口を静かに鳴らす

お寺の本堂で鰐口を鳴らす際、心の持ち方が非常に重要です。鰐口は、仏様に対する挨拶としての役割を持っています。仏教では、音や香りが精神的な浄化や祈りを深めるとされており、鰐口の音はその象徴です。しかしながら、音を大きく鳴らすことが必ずしも良いわけではありません。お寺では、静寂が重んじられ、つつましく心静かに鳴らすことが推奨されます。
鰐口を鳴らす際には、まず自分の心を静めることが大切です。仏教の教えにおいて、外的な行為は内的な状態を反映するとされており、落ち着いた心で静かに鳴らすことで、仏様とのより深い繋がりを得ることができます。大きな音を立てることは、他の参拝者の祈りの邪魔になるだけでなく、自分自身の心の乱れを反映する行為とも言えるでしょう。
また、鰐口は仏教儀式の一環としても用いられ、修行僧が仏前での修行を行う際に使用されることもあります。このような伝統的な使い方を理解し、鰐口を鳴らす際には、仏様への敬意と共に、他の参拝者や僧侶の祈りに対する配慮も忘れずに行いましょう。鰐口の音を通じて、自分の心を浄化し、仏様への祈りを深めることが、真の参拝作法です。
合掌は音を立てずに行う

参拝時に手を合わせる動作、すなわち合掌は、仏教において非常に重要な行為です。合掌は、心を一つにして仏様に祈りを捧げる象徴的な動作であり、音を立てず静かに行うことが求められます。神社での柏手とは異なり、お寺では音を立てることは敬意を欠く行為とされ、仏様への祈りは静けさの中で行うべきとされています。
合掌の際には、まず自分の心を整え、静かに深呼吸をすることが推奨されます。これは、仏教における呼吸法と瞑想の一部であり、心を落ち着け、祈りの集中を高める効果があります。静けさの中で手を合わせることで、自分自身と向き合い、仏様との深い繋がりを感じることができるでしょう。
さらに、合掌は仏教の礼拝の中で、最も基本的でありながら、最も深遠な意味を持つ動作です。仏教では、手のひらを合わせることで、心を一つにし、自己と他者、あるいは仏と信者との調和を象徴します。この動作は、外面的な礼拝の形を超えて、内面的な信仰の深さを表現するものです。
合掌を行う際には、仏様への感謝と敬意を込め、静かに手を合わせましょう。この一瞬の静けさが、日常の喧騒から解放され、心の平安を得るための重要な儀式となります。お寺での参拝は、外面的な行動だけでなく、内面的な修行の一環であり、その心構えが何よりも重要です。
参拝後に鐘をつくのはタブー

お寺の鐘は、仏教において非常に象徴的な存在です。鐘をつくことは、仏様への挨拶であり、参拝前に行うことで、心身を清め、祈りを捧げる準備を整えるとされています。しかし、参拝後に鐘をつくことは「戻り鐘」と呼ばれ、仏教においてはタブーとされています。これは、せっかく得た功徳が消え失せてしまうと信じられているからです。
このタブーの背景には、鐘が持つ霊的な意味合いが関係しています。鐘の音は、仏教において煩悩を断ち切るとされ、その響きは魂を浄化する力を持つと考えられています。そのため、鐘をつくタイミングには慎重であるべきであり、正しいタイミングでつくことで、仏様への敬意と感謝の気持ちを表すことができます。
さらに、鐘は「出鐘」として葬儀の際にも使用され、死者の魂を送る際に鳴らされることから、戻り鐘が縁起が悪いとされるのも納得できます。参拝後に鐘をつくことは、この出鐘と同様の意味を持ち、仏教の信仰体系の中では、非常に重いタブーとされています。お寺を訪れる際には、この点をしっかりと理解し、参拝の前にのみ鐘をつくようにしましょう。
鐘をつくことで得られる霊的な効果を最大限に活用するためにも、正しいタイミングでつくことが重要です。鐘の音は、私たちの内面を浄化し、仏様との繋がりを深めるための重要な儀式であり、そのタイミングを誤ることなく行うことで、より大きなご利益を得ることができるでしょう。
穢れたものを持ち込まない

お寺は、清浄な場所であり、穢れたものを持ち込むことは仏教の教えに反する行為とされています。特に、犬などのペットをお寺に同伴することは、歴史的に穢れと見なされてきました。これは、古代の日本では、野犬が死体を荒らすことから不浄な存在とされ、仏教においても穢れたものとして扱われてきた背景があります。
近年では、ペットを家族の一員として大切にする考えが広まり、ペット同伴可のお寺も増えていますが、衛生面や他の参拝者への配慮が求められます。お寺の敷地内に入る際には、ペットをキャリーケースに入れるなど、他の参拝者に迷惑をかけないよう注意することが重要です。また、特に敏感な場所では、ペットの同伴自体が禁止されている場合もあるため、事前に確認が必要です。
さらに、風邪や体調不良の時もお寺への参拝を控えるべきとされています。これは、自分自身が穢れを持ち込まないための配慮であり、仏様への礼儀でもあります。特に女性の場合、月経中の参拝を避けるべきとする考えもありますが、これは古代の信仰に基づくものであり、現代では個々の判断に委ねられることが多いです。それでも、自分の体調や状況に応じて、仏様への敬意を最優先に考えることが大切です。
お寺での参拝は、外面的な行動だけでなく、内面的な浄化と心の持ち方も重視されます。穢れたものを持ち込まないようにすることで、仏様の神聖さを保ち、より深い祈りとご利益を得ることができるでしょう。
金属や宝飾品を控えめに

お寺での参拝時には、金属製のアクセサリーや宝飾品を控えめにすることが推奨されます。仏教において、外見の飾りよりも内面の清浄さが重要視されるため、過度な装飾は仏様への敬意を欠くとされています。特に金属は、古代の信仰において霊的なエネルギーを乱すと考えられており、そのため、参拝時にはアクセサリー類を外し、仏様への純粋な祈りを捧げることが求められます。
また、帽子やサングラスも取り外し、素顔で仏様に向き合うことが大切です。仏教の教えにおいて、仏様の前に立つ際には、自分自身の本質を見つめ直す機会とされており、外見に頼ることなく、心の清浄さで仏様と向き合うことが求められます。参拝者としての心構えが試される場面であり、内面的な信仰の深さが問われる瞬間でもあります。
本堂内やご本尊の撮影はNG

本堂内やご本尊は、信仰の対象として非常に重要な存在です。本堂内やご本尊で写真を撮る行為は、仏様への不敬とされ、お寺では厳しく禁じられている場合が多いです。特に、フラッシュを使っての撮影は、本堂内やご本尊を汚す行為と見なされるため、絶対に避けるべきです。
また、本堂内での写真撮影は、他の参拝者の祈りの妨げになることもあります。お寺は、静かで厳粛な場所であり、参拝者が心を静め、祈りを捧げる場です。そのため、写真撮影はご本尊だけでなく、境内全体でも控えることが推奨されます。仏教において、祈りの場は神聖なエネルギーが満ちる場所とされ、そのエネルギーを乱す行為は、仏様への敬意を欠くものとされています。
写真撮影を控えることで、仏様への敬意を示し、参拝の本来の目的である心の浄化に集中することができるでしょう。参拝時には、スマートフォンやカメラを持たず、静かにご本尊に向き合う時間を大切にしましょう。
焚き火や焚き上げを無断で行わない

お寺では、供養や浄化のために焚き火や焚き上げが行われることがありますが、これを無断で行うことは厳しく禁じられています。焚き火や焚き上げは、住職や僧侶によって適切に行われるべきものであり、参拝者が勝手に行うことは、仏教の儀式や教えに対する冒涜とみなされます。
仏教において、火は浄化と再生の象徴であり、煩悩を焼き尽くす力を持つとされています。そのため、火を扱う儀式は非常に神聖であり、慎重に行われなければなりません。住職や僧侶が行う焚き火や焚き上げは、特定の儀式や供養の一環として行われ、その際には特別な準備と祈りが必要です。
参拝者が無断で焚き火を行うことは、この神聖な儀式を汚す行為とされ、非常に重大なタブーです。特に、供養のための品物や故人の遺品を焚き上げる際には、事前に住職に相談し、正式な儀式のもとで行うことが求められます。仏教の儀式は、外面的な行為だけでなく、内面的な祈りと共に行われるべきものであり、その重要性を理解し、敬意を持って対応することが大切です。
神様への敬意と感謝をこめて参拝しよう

お寺での参拝は、神仏への深い敬意と感謝の気持ちを持って行うことが最も大切です。正しい参拝作法を守り、心を込めて祈ることで、より深いご利益を得ることができるでしょう。参拝は単なる儀式ではなく、自分自身の心を見つめ直し、神仏と向き合う大切な時間です。お寺を訪れる際には、日常の喧騒を忘れ、心静かに参拝を行いましょう。
最後に、皆さんが、お寺巡りを通じて心の平安を得られることを願っています。正しい知識を持ち、神仏への敬意を忘れずに参拝することで、日々の生活に安らぎと幸運をもたらすことができるでしょう。この動画が、その一助となれば幸いです。
この動画が参考になりましたら、チャンネル登録と高評価をお願いいたします。また次回の動画で、お会いいたしましょう。
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