阿弥陀如来の来迎とは?極楽浄土への導きと信仰のかたちを紹介

祖母が旅立ったとき、お坊さんが「阿弥陀如来が迎えに来てくださいます」と語った言葉が忘れられません。
その時は漠然と聞き流していたものの、後になって「来迎(らいごう)」という言葉が、仏教においてとても大切な概念であることを知りました。
この記事では、阿弥陀如来の「来迎」とは何か?
その意味や背景、そして現代の私たちがどのように受け取るべきかを、わかりやすく解説します。

目次
「来迎(らいごう)」とは?阿弥陀如来が迎えに来るという信仰
「来迎」とは、亡くなるその瞬間に阿弥陀如来が極楽浄土から迎えに来てくれるという信仰です。
ただの比喩ではなく、具体的に三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)が現れ、光の中に導かれる様子が経典にも描かれています。
特に『観無量寿経』では、臨終の瞬間に阿弥陀三尊が現れ、蓮の台に乗って魂を極楽へ連れていく姿が丁寧に説かれています。
この教えは、**「死は終わりではなく、光に包まれる新たな旅立ち」**という、仏教の希望の側面を象徴しています。
来迎図と仏像に見る“救いのビジュアル”
仏教美術では「来迎図(らいごうず)」と呼ばれる絵画や、「来迎形」の仏像が多く制作されてきました。
来迎図とは?
- 阿弥陀如来と観音・勢至が天から降りてくる情景を描いたもの
- 平安時代以降、貴族や僧侶の臨終に合わせて飾られた
- 極楽往生の“保証”として精神的な安心を与えた
来迎形の仏像とは?
- 手を前に差し出す「来迎印(らいごういん)」が特徴
- 阿弥陀如来の立像に多く見られるポーズで、まさに“今、あなたを迎えに来た”という姿を象徴する
🕊 阿弥陀如来の立像を選ぶ際、この「来迎印」が決め手となることも少なくありません。
極楽浄土とはどんな世界?
来迎の先にあるのが、阿弥陀如来が治める「極楽浄土(ごくらくじょうど)」です。
そこは苦しみや争いが一切ない、永遠に安らぎと幸福に満ちた理想郷とされています。
主な特徴は以下の通り:
- 蓮の花が咲き乱れ、空は常に清らかで明るい
- 苦しみ・老い・病・死から完全に解放される
- 再び仏の教えを学び、やがて成仏できる場所
つまり極楽浄土とは、“ただ安らぐ”だけでなく、魂が成長し、悟りを目指すための「仏の学校」のような場所でもあるのです。
来迎の信仰がもたらす安心感とは?
臨終の不安は、誰にとっても避けがたいものです。
「死後、どうなるのだろう」「自分は報われるのか」――そんな問いに、阿弥陀如来の来迎信仰は次のような答えを与えてくれます。
- 最期の瞬間、独りじゃないと思える
- 苦しみを乗り越えて、安らぎに向かう希望を持てる
- 残された家族にとっても「大丈夫だった」と思える心の支えになる
このような“死生観のやさしさ”こそが、仏教が長く日本人の心に根づいてきた理由の一つです。
よくある質問|来迎に関するQ&A
Q. 阿弥陀如来は本当に迎えに来てくれるの?
仏教では「念仏を心から唱えた者は、必ず迎えに来られる」と説かれています。
物理的にではなく、心の光や意識の変容としてその体験を語る方もいます。
Q. 宗派によって信じ方が違いますか?
主に浄土宗・浄土真宗を中心に重視されていますが、来迎そのものは宗派に関係なく、多くの人に受け入れられてきた“民衆の信仰”です。
まとめ|阿弥陀如来の来迎を知ることは、心の準備を整えること
「来迎」という概念は、恐れるべき“死”を、安らかで尊い通過点へと変えてくれます。
日々の中で南無阿弥陀仏と唱え、阿弥陀如来像に手を合わせることは、
自分自身や家族の未来を明るく照らす“こころの修行”ともいえるのではないでしょうか。
龍王堂からのメッセージと卸のご案内
私たち龍王堂では、阿弥陀如来の来迎をモチーフにした仏像や、心を和らげるアイテムを多数ご用意しております。
死を怖れず、日々を丁寧に生きるための“心の道具”として、ぜひ仏像をお手元にお迎えください。
また、寺院・霊園・スピリチュアル系ショップ様向けの卸販売もご案内しています。
会員登録で仕入れ価格をご覧いただけます。
仏像・仏具・開運スピリチュアルアイテム専門店│龍王堂公式ショップ
阿弥陀如来に関しての、もっと詳しい記事はコチラから。
阿弥陀如来とは?極楽浄土へ導く慈悲の仏を徹底解説
阿弥陀如来のカテゴリ一覧から記事を探す
コメント
この記事へのトラックバックはありません。












この記事へのコメントはありません。